五木寛之⇔駒尺喜美往復LETER集

 この『女の本音 男の本音』と題した文庫本
 元は大阪の読売新聞に1989年4月2日から
 1990年12月15日まで二人の往復書簡として
 掲載されたものだ

 楽観的な駒尺さんと悲観的な五木さんが
 男の立場と女の立場の違いとか
 ごく自然に本音で語る

 五木さんが「ぼく」で始めた往復書簡は
 「私」で締めくくられる
 “なんとなくそのほうが
 自然に感じられるようになってきたからです”と
 その理由を書いている

 悲観主義者の五木さんは
 駒尺さんの言葉にはげまされ
 “目のウロコと一緒に心のウロコも落ちる
 感覚を何度も味わった”という

 “ホンネをお見せ下さい
 お互いに
 だんだん地金が見えてくるといいですね”
 さりげなく優しく
 それでいて鋭く見透かすような
 駒尺さんの「言葉」に
 五木さん同様(勝手な思い込み<苦笑>)
 「チクリ」とさせられる

 “男の人にとって
 犬のかわいさと女のかわいさは
 似ているのではないでしょうか”という
 駒尺さんの投げかけに
 “たしかにそうかもしれません”と答える
 五木さん
 “この往復書簡もようやく核心にふれかかった
 ようですね”と
 女性問題について話を続けていく

 五木さんの「男権女権交代論」に
 “この男性社会を変えるには
 政治よりも社会変革よりも
 すべての女性が結婚から逃げるのが一番”と
 駒尺さん
 “「結婚」とは政治以前の政治
 政治の大前提・・”
 
 “逃げるというよりも捨てるというほうが好きだ”
 という五木さんに対して
 “なるほど
 そこが思想家出身(五木)と奴隷出身(駒尺)のちがい
 なんだと
 独りで合点しました”と言う(これは・・)

 「なるほど」と思ったり
 思わず唾を飲み込んだり・・と
 この二人の遣り取りに魅せられる

 高橋和巳さんの「わが心石に非ず」について
 “<わが心は石に非ざれば転がすべからざるなり>
 という思想は
 いまでも共感できます”という五木さん
 高橋さんの訃報を聞いたとき
 <玉砕>という言葉を思い出したという

 感動しながらも
 「これじゃ続かない」と危ぶみ感じていた
 “転がらない心と
 転がりゆく体の両方をいっしょに大事にしたい”
 スタイルは変えてもハートさえ失わなければ・・
 五木さんの生きざまに繋がっている 

 <わが心石に非ず>
 ちょうど20歳の頃だったか
 胸を打たれた「言葉」の一つだ

 

 
 
 
 
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by hai-toku | 2011-05-19 10:02 | 読書 | Comments(0)