高橋和巳『わが解体』

 京都大学文学部助教授であった
 高橋和巳さんは
 当時の激しい学生運動の渦中にあり
 全共闘運動に共感
 次第に学内で孤立し職を辞することになる

 著書である『わが解体』の中で
 “それにしても学問とは
 一体何なのか”と何度も己に問いかけている

 大学の自治とは何か
 学問の自由とは・・
 そして己とは一体どんな存在なのかと
 まるで自分を責め立てているようだ

 自己嫌悪に陥り
 酒を飲み嘔吐する
 自己の心と体を執拗に責め立てる
 中国文学者である高橋さんは 
 “「如何せん如何せんと言うことなき者
 我これを如何せん」”
 日常愛誦する「論語」の語句を呪文のように
 そのときつぶやいたと記述している

 神経をすり減らし葛藤する
 “理論というものは
 それが科学的であり
 かつ人間的に正しければ
 相手に知られることを決して恐れることはない”
 そうも言っている

 また
 “社会科学者が
 みずから説いてきた民主主義理念を
 行動的ラディカリズムで表現し
 超えようとする青年たちの擡頭に
 うろたえても
 文学者は
 政治的イデオロギー上の
 細部の対立いかんにかかわらず
 踏みこたえうる
 いわば耐える思想というものを
 身につけているはずだ”とも

 その期待が
 高橋さんの唯一の支えになっていた

 “己がよって立つ最後の砦
 内的根拠地は何であるのか”
 それは
 “自己の営為の原理とは抵触する
 別な法則性に従って身を処し
 懸命に異質な原理のあいだの調和をはかろうとしていた
 これまでの自分の精神のありようであった”
 そう結論づけ
 <わが解体>となる

 “私を支えるものは文学であり
 その同じ文学が自己を告発する” 

 本文の最後
 病により死が近づく中で
 こう呟く
 “このまま死ぬにせよ
 生きながらえるにせよ
 これが恐らく私にとっての三度目の敗北なのだ”と

 <わが心石に非ず>
 高橋さんの生き様は自己に
 あまりにも厳しすぎたのではないか

 「転がらない心と
 転がりゆく体の両方を大切にしたい」という
 五木さんの言葉に共感する 
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by hai-toku | 2011-05-20 10:52 | 読書 | Comments(0)