吉武輝子という女(ひと)

 女と書いて<ひと>と読ませる
 この人には
 人と書くよりもその方が似合いそうだ

 毎日新聞にこの人の記事があった

 80歳で亡くなった
 4月17日のことである

 きっとその頃の新聞には
 亡くなったことを知らせる記事があったのだろうが
 気がつかなかった

 作家であり評論家であった
 吉武輝子さん
 見出しには「差別と闘う人々への深い共感」とあった

 そんな人のことを
 あまりよく知らない
 佐高さんの本を繰ってみるが
 人物評は探し出せなかった

 “「原発は後始末ができますか
 戦争は後始末ができますか”
 昨年秋に東京であった
 「脱原発をめざす女たちの会」の設立集会で
 吉武さんはそう訴えかけたという

 “30代で発症した膠原病から
 晩年の慢性白血病まで
 病気と向き合いながら・・”とある

 敗戦の翌年
 米軍占領下での体験
 女学生であった吉武さんは
 米兵から集団の性暴力を受けた

 “「憲法で保障された人権を
 踏みにじる行為は許されない」”
 <戦争>と<女性>
 自分自身に向き合って
 強い信念を持って生きる

 それが見出しの
 「差別と闘う人々への深い共感」に
 通じるのだろう

 慶応大学を卒業し
 東映に入社
 国内初の女性宣伝プロデューサーになる

 “出産後に元の部署に戻れず退社”とある
 その思い
 女性を阻む時代の壁
 それを乗り越えようとする<人間力(意志)>を強く感じる

 “80年には
 「戦争への道を許さない女たちの連絡会」を結成
 08年から
 竹下景子さんらと「ななにんかい」の活動を始め
 朗読や語りで命の重みを訴えた”という

 あまりにも知らない・・
 いや
 知ろうとしなかったことが多いことに赤面する

 “「病気すれど病人にはならない」”
 そんな言葉通り
 “自分の寿命を精いっぱい生きた”と
 記者は書く

 “「死んだ人を悼むことは
 生きている人が豊かに生きること」”
 この<言葉>も
 吉武さんが2009年に『婦人公論』に書いた
 <言葉>だという

 精一杯生き抜く 
 豊かに生き抜く 
 そんな<人生>とは何かを
 吉武さんは教えてくれているようだ  
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by hai-toku | 2012-05-27 07:15 | 邂逅 | Comments(0)