w・H・オーデンの詩

 “狩猟で暮らした僕らの先祖は
 生きものの悲哀について話をした、
 いきをひきとったときその顔に刻まれている
 限界と欠乏をあわれんだ。
 ライオンの何ものをも赦さぬ眼つきに
 死にゆく獲物の凝視の背後に、見た、
 理性の贈物が増やすことのできる
 人間的な栄光を狂い求める「愛」を
 豊富な食欲と力を、
 ひとつの神の正しさを。”

 『愛ー1930年代への一視角』と題して
 詩人の長田弘さんは
 『開かれた言葉』の本の中で
 w・H・オーデンの詩について語る

 『狩猟で暮らした僕らの先祖』
 その詩は
 さらに続く

 “あの立派な伝統に育てられながら、
 誰がその結果を予言したか、
 「愛」は本来、いりくんだ罪の道に
 適していることを誰が推測したか?
 あの、人間的靱帯が
 彼の南国の身ぶりをこのように修正し、
 僕らの考え以外のことは考えず
 飢え、非合法に活動して、しかも
 無名であることを
 彼の円熟した望みとなし得るとは、誰が推測したろうか。”

 オーデンは共和国軍隊の野戦病院班の担架運搬係として
 スペイン戦争に参加している

 戦いの日々
 「愛は本来、いりくんだ罪の道に適している」
 それは
 「飢え、非合法に活動して、しかも無名であること」
 戦争の状態におかれた自身の姿
 「生きものの悲哀」

 “星は死んだ。獣たちはもう眼が見えない。
 われわれはただひとりわれわれの日とともにとりのこされた。そして時は短かく、
       歴史は敗者に、
 「ああ」という言葉を投げかけてはくれても、助けてはくれない。赦してはくれない。”

 「ああ」という表現
 共和国スペインの敗北

 1930年代は 
 「ファシストと闘う者たちの力でほんとうに戦争が阻止しうると確信した」と
 オーデンが語った時代であった

 ナチス・ドイツがポーランドに侵攻した日付と同じ日付を付けた詩
 『1939年9月1日』
 “われわれはおたがいに愛しあわなければならない、さもなければ、死あるのみだ。”
 この一行をオーデンは詩集から削除したという

 その訳を問われて
 「われわれはどっちみち死ぬんだから」と答えたそうだ
 
 オーデンの「愛」の詩
 人間の「罪」
 「愛」と「罪」
 「時代」と「存在」

 長田さんは
 “僕らの考え以外のことは考えず
 飢え、非合法に活動して、しかも
 無名であることを”
 この三行に“じぶんを積極的にかかわらせることを希んできた”
 と書く

 作家の大江健三郎さんも
 オーデンの詩句に“とりつかれて生きてきた”という

 “我らの狂気を生き延びる道を教えよ”

 その<言葉>についてこう書く

 “われらの狂気とは、外部からおそいかかる時代の狂気のように
 思われることもあったし、自分の内部から、暗い過去の知のつながり
 において、あるいは逃れようもなく自分ひととりの存在に根ざして、
 あらわれてくるように思われることもあった”と

 「狂気を生き延びる」という行為が
 “狂気に加担して生き延びる、ということのように感じられる
 こともあれば、狂気にさからって正気で生き延びるということで
 あると考えられることもあった”

 その暗中模索の中で作品を書いている

 『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』が本全体のタイトルとしてあり
 そして
 その中に『狩猟で暮らしたわれらの先祖』という中篇が収められている

 いずれもオーデンの詩から採ったものだ

 「狂気」と「正気」
 時代をどう生き延びるのか

 オーデンの詩で表された主題(テーマ)は
 現在(いま)もなお問い返されている
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by hai-toku | 2013-02-26 11:30 | 気になる言葉 | Comments(0)