京都商業高校(京商)が強かった時代

 車に乗りながらラジオを聞いていた
 
 夏
 暑い夏
 高校野球の京都府予選

 京商が勝ち進み
 甲子園への出場を果たした

 <ドロップ>
 当時はそう呼ばれていた
 大きく曲がる<ドロップ>を武器に
 勝ち進み
 勝ち取った栄冠

 小さな大投手と言われた
 井口和人投手を中心に
 少ないチャンスを生かし
 守りの野球で勝ち抜いた
 そんな印象が強い

 時は1981年(昭和56年)
 勝山監督が率いる京商が
 甲子園でも守りの野球で
 決勝戦まで勝ち進んだ

 この年のことを覚えているだろうか
 あの工藤(名古屋電機))や渡辺(前橋工業)
 荒木(早稲田実業)らがいた時代

 京商は初戦の二回戦で渡辺の前橋工業に
 5対4で勝ち
 三回戦は宇都宮学園を1対0
 準々決勝は和歌山工業を2対0
 そして準決勝では鎮西を1対0と
 三試合無失点でとうとう決勝戦まで
 勝ち進んだのだ

 井口の粘りの投球
 <ドロップ>の威力
 守りの野球で
 頂点まであと一歩
 相手は兵庫の報徳学園だ

 このチームには金村がいた
 投手で四番
 確かそうではなかったか

 その金村に阻まれて
 優勝を逃した
 決勝戦は0対2というスコアだった

 この頃の京都の高校野球
 京都西高校(のち京都外大西)には
 三原監督という名物監督がいた
 京商の勝山 京都西の三原
 
 もう少しあとには
 京都成章高校 立命館宇治高校の卯瀧
 龍谷大平安高校の原田と続く

 いつの時代もわくわくさせてくれる
 高校野球
 
 その中で
 ひと際輝いた時代
 プロ野球には進まなかったが
 井口の名前は忘れられない

 今日は
 オールスターゲームの第一戦が行われている
 ホームラン競争では大谷が初出場で即優勝
 そのテレビ中継を見ていて
 あの時代
 京商が強かった時代を思い出した

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Commented by 龍馬! at 2017-02-08 23:51 x
京商OBです。
井口さん率いる京商野球部で準優勝!

当時、井口さんの後輩で1年であった私は、当然井口先輩にあこがれて、自分が3年になった時は・・・夢を見た!
著球も速かったが、あのドロップは2Fから落ちてくるような鋭いカーブでした。
甲子園で準優勝でしたが、当時井口さんは京都予選の疲労で肩を痛めていたので、直球は150K投げられるはずなのに、140前後しか出ていたかった。
練習そして身近で見ていた私は本調子でないのが良くわかる。
甲子園で見せたあんなものではない!!
恐ろしいほど速かった!

国体出場が決まったある日、投手だった私んだけに声をかけて頂き、2人で御室の山にロードで走った事があるが、いろいろ本音を聞かせてもらった事は今でも私の心の財産である。

井口さんとは京商卒業以来は会っていませんが、当時の事を飲みながら話してみたい!

輝く大先輩であった!
Commented by hai-toku at 2017-02-10 17:07
> 龍馬!さん
ドロップ。そう、ドロップって言ってましたね。暑い夏の日、車を走らせながらラジオから流れる試合の模様を固唾を呑んで聞いていました。強かった。京都府予選から甲子園、あれよあれよという間に決勝へ。チームは日に日に強くなって輝いていました。そんな記憶があります。この春は残念でしたが、京都勢、夏には頑張って欲しいですね。あの時の京商のように・・。
Commented by AKB at 2017-02-24 02:43 x
1981年の京都商業高校は本当にすごかったですね。当時、私は中学2年生でした。大型選手じゃなかった私に希望を与えてくれました。
井口さん世代の一つ下で野球をされていたなんて羨ましいです。

一つお伺いしたことがあります。「甲子園の異邦人」という本に、当時の京都商業はグランドが非常に狭かったと書かれておりました。
どのような練習をされていたのか大変気になりました。私は現在、高校野球の指導をさせてもらっておりますが、グランドが狭く練習メニュー
をどうするかが日々の悩みです。あの京都商業がグランドが狭かったと知り、とても衝撃を受けました。教えていただけるとありがたいです。

井口さん、辻さんのバッテリー、呉本さん、津田さん、中沢さん、水本さんの堅実な内野守備、韓さん、鄭さん、金原さん、荒川さんの俊足・強肩
の外野陣、本当に高校野球のお手本のようなチームでした。
Commented by hai-toku at 2017-02-24 13:13
> AKBさん
「井口さん世代の一つ下で野球をされていた」のは龍馬さんです。龍馬さんがこのコメントを見られたならばAKBさんに教えてくださるかもしれませんね。
Commented by AKB at 2017-02-25 08:30 x
早速ありがとうございます。
龍馬さん、お忙しい毎日かと思いますが、
お時間のある時によろしくお願いいたします。

30年以上前の話ですが、1981年の京都商業は
色褪せないですね。
Commented by at 2017-03-07 22:49 x
初めまして、私も京商の卒業生です。
井口さんの二学年下になりますので、龍馬さんとは同級生だと思います。
私は女ですが、中学生の頃からずっと京商野球部の大ファンで、京商に入学しました。

入学して早々の春季大会の南丹高校戦で井口さんはたしか21奪三振、ノーヒットノーランを達成し、決勝戦の平安との試合は韓さんのホームランで春季大会に優勝しました。
続く夏も京都大会を制し、見事甲子園に出場されました。
しかし龍馬さんもおっしゃってましたが、予選で痛めた井口さんの肩は甲子園で投げる事すら困難な状態の中、針治療や痛み止めで何とか開幕に間に合ったものの、痛みから自慢の速球は影を潜め初戦は苦しい試合でした。
次の試合からはカーブを主体の投げ方に変えられました。
その落差のあるふたつのカーブが大変素晴らしく、対戦した鎮西高校の選手達は「あんな球を投げる投手は見た事ない!九州にはいない!」と言われてた程でした。もしかするとフォークだったのかも?
その後決勝戦へと進み、見事準優勝されました。
私は当時、高校一年生で甲子園で校歌を覚えました。(笑)
さて、AKBさん、確かに野球部はPLのように専用グランドもなく、サッカー部や他のクラブと同じグランドで練習をしていました。
ナイター設備もなかったので、環境面では私立の割に恵まれているとは言い難い状況でした。
今も京商野球部を忘れずにいて下さる方がいらっしゃる事を大変嬉しく思います。
長々と申し訳ございませんでした。

by hai-toku | 2016-07-15 19:37 | 邂逅 | Comments(6)

学生時代の同人誌のタイトルです             


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