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KONMU(ねなし草)

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中谷治宇二郎と由布院

 数学者の岡潔さん
 数学者というだけでなく思索家
 「情緒とはなにか」
 についても問いかけ
 思索を巡らしている

 彼のエッセイを収めた
 『春宵十話』『春風夏雨』『夜雨の声』
  (いずれも角川ソフィア文庫)を読んだ
 
 『春宵十話』の中に「中谷宇吉郎さんを思う」がある
 中谷さんは寺田寅彦さんの高弟(岡潔さんの表現)で
 物理学者
 その弟の治宇二郎さんとは
 パリの留学先で知り合い生涯の友
 親友となる

 中谷さんのことは長い間
 「なかたに」さんだと思っていたが
 『数学する人生』の本にはルビが振ってあり
 「なかや」と読むと知って
 赤面した

 <著名な物理学者だ>
 と自分なりに分かっていたつもりが
 全くの知ったか振りだった

 よく読めば『春宵十話』にもルビが
 振ってあったのに気付かずに
 そのまま「なかたに」と思い込んでいたのだ

 『春宵十話』にも治宇二郎さんに関する
 記述がある
 “私はこの人がいきているうちはただ
 一緒にいるだけで満足し・・”
 と岡さんは記し
 “治宇二郎さんは1936年3月に亡くなったが
 このあと私は本気で数学と取り組み始めた”と
 そんな間柄だったのだ
 
 『数学する人生』の中のこの記述
 “(脊髄カリエスを病んでいた)
 治宇二郎さんは由布院に静養した”とあるが

 「なぜ由布院に?」と疑問に感じたが
 その続きを読むと
 “治宇二郎さんの伯父さんは別府の旅館
 亀の井の主人にすっかり見込まれて
 由布院の金鱗湖畔に見事な庭を作り
 小さな家を建てた
 これが亀の井別荘であって・・”
 と・・

 「ええっ! そうなのか!」と驚く
 そんな縁があったのか
 時代は違えど
 同じ場所に佇んだのだ
 岡さんと 治宇二郎さんと
 
 自分にも縁の深い由布院
 本の中のお二人との距離が
 近くなったような気がして
 嬉しい気持ちでいる

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by hai-toku | 2016-09-29 18:13 | 読書 | Comments(0)

「人間宣言」

 「人の世に熱あれ 人間に光あれ」 
 というのは「水平社宣言」の最後の<言葉>だ

 『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』の本の中で
 永さんが作家の住井すゑさんと
 “水平社宣言を誰が書いたのか
 「人間に光あれ」の「人間」をなんと読むのか
 それについて話をしました”という箇所がある

 「水平社宣言」を起草したのは西光万吉さん
 住井すゑさんの書いた『橋のない川』に
 お寺の息子のモデルとして西光さんは登場する

 その縁で住井さんから
 永さんは西光さんを紹介してもらったそうだ
 何度も永さんは住井さんの自宅を訪ねたそうだが
 二人してそんな話をしている

 “西光さんは「人間」を「じんかん」と読む
 仏教用語を用いた
 すべての命は平等で
 そのすべてを光にという意味です”

 そういえば『人間宣言』という
 永さんと住井さんの共著の文庫本がある
 その本には確かに「じんかんせんげん」と
 ルビが振ってある

 “西光万吉さんが「光あれ」といったのも
 平等という言葉を光と置き換えたのであって
 つまり「平等であれ」ということなんでしょう
 それを(じんかん)と読めば
 地球上のものすべてと広がります

 そして西光さんの場合はもう一つ
 「人間というのはいたわり合うものじゃないんだ
 尊敬し合うものなんだ」ということがあります”と

 読み返してみて
 忘れてはならない<言葉>だ
 モノの考え方だと
 改めて思いました

 「光あれ」というのは「平等であれ」ということ
 「人間(じんかん)宣言」の精神なのです

 「世界記憶遺産」に選ばれて然るべきだと思うのですが

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by hai-toku | 2016-09-14 11:03 | 読書 | Comments(0)

呟く

 “しかし 何を どう調べるか
 -何に注目して
 それをどんな視点から調べるか
 そこには 隠しようもなく
 書き手の人生が表れるのである”

 『人生漂泊』という本の巻末で
 作家の佐木隆三さんと対談している
 作家の畑山博さんは

 『復讐するは我にあり』で直木賞を受賞した時に
 その受賞パーティで
 佐木さんの目の前で
 「ただ調べたってだけのくせに」と
 聞こえよがしに言った作家について

 “「本をめくって得た知識でなく
 風土と人の中に飛び込んで
 全身に浴びてくる事実とか
 智恵とかいうものがあることを
 その種の人たちは極端に怖れているようである」
 と書いている”

 佐高信さんの著書『田中角栄伝説』に出てくる
 含蓄のある<言葉>だ

 佐木隆三さんと
 妬心に満ちた言葉を吐いた作家
 書き手の人生
 何度も読み直し心に刻みたい

 リオオリンピックの「安倍マリオ」
 その登場に驚いたが
 そのパフォーマンスに“12億円かけたといわれる”
  (『週刊金曜日』9月9日号 「風速計」より)

 それが本当なら
 その金額に驚く
 一体どれだけのお金がオリンピックに
 注ぎ込まれるのか

 招致に関わるコンサルタント料についての疑惑についても
 「調査チーム」の報告書は
 「相対的に高額だが 不当とまでは言えない」
 「倫理規定違反もない」
 「手続きの透明性に一定の問題がある」としたが
 すんなりと納得できるものではない

 これで幕引きとは・・
 「安倍マリオ」の閉会式でのパフォーマンスも
 何の問題もなしか

 金額が大きすぎて感覚が鈍っているのだろうか 

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by hai-toku | 2016-09-10 19:45 | つぶやき | Comments(0)

「三木のり平」という芸名

 「田沼則子」
 どう読んでも「たぬまのりこ」
 へそを曲げて「たぬまそくこ」

 この名では
 女性をイメージするのが自然だ

 しかし
 この名前
 「たぬまただし」と読むそうだ

 子どもにとっては迷惑千万
 いちいち説明しなくてはならない
 何という親なのだろう

 その親
 この子の親は
 “孔子や老子に倣って子をつけたそうで”と
 その名前に対する思いが書かれているが

 子どもにしてみれば・・
 
 「のり子」という女性だと勘違いされて・・と
 そんなエピソードまで語られている

 “冗談みたいな名前”と書かれているが
 冗談ではないのだ

 この「田沼則子」さんが
 「三木のり平」さんなのである

 三木鶏郎さんが
 「三木のり平」という芸名の名付け親なのだが
 三木鶏郎さんとは・・と
 今では知らない人も多いのだろうが
 私の年代なら
 そのまま話が進む

 “才能豊かな異色の人物”
 鶏郎さんの周りにはそんな人たちが集まる

 その一人が
 「三木のり平」さん
 新人であった彼が鶏郎さんに
 「芸名をつけてください」と頼み込んだという

 “本命の則子を「のりこ」とよく間違われると聞いた途端”
 鶏郎さん
 “「・・じゃあ のり平というはどうだろう?」”と
 “咄嗟に浮かんだ名前を口にして即決”
 喜劇俳優を目指す「のり平」さんにピッタリと
 名付けたそうだ

 「のり平」さんもなかなかの人物
 秀吉がそうであったように
 “三木さんの苗字も欲しいと頼み”
 「三木のり平」という芸名が誕生する

 ここまで読んで
 可笑しくて
 顔がほころんだ

 『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』(集英社新書)を
 読んでいての話

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by hai-toku | 2016-09-08 18:06 | 読書 | Comments(0)

学生時代の同人誌のタイトルです             
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