「夢」のつづき

 夜中に目を覚ます

 というより
 眠ってそんなに時間は経っていない

 11時に眠って
 早くて0時半
 トイレに立ち上がる

 それだけではない
 3時半
 また立ち上がる

 そのあとも
 うとうと と
 眠っているのだろうが

 眠りは浅い
 その時の時間を覚えているような
 そんな眠り

 おまけに
 ずっと「夢」を見ているような気分

 その「夢」は近頃の出来事と交差している

 目覚めた後も
 ぼんやりと思い出せる

 住井すゑさん
 『橋のない川』の著者

 その娘さんが
 『住井すゑ ペンの生涯』という本を書いている

 その娘さんは
 「1929年東京生まれ」だという
 著者の紹介欄にそう書かれていた

 何と
 それなら
 住井すゑさんは何年生まれ・・?

 「1902年」
 「明治でいうと35年」
 本を読むとその年が分かる

 この時代に
 この人ありだ

 “・・母は悩みの中から人間平等の本質というか
 ゆるぎなき認識を獲得するわけです”

 “平等だと思うのに現実にはなぜ格差というものがあるのだろう
 ・・こういう状況はどうしておきるんだろうかということを
 非常に疑問に持つ
 この疑問を心のなかで育てる
 そしてなんとかして自分の力でこの疑問を解く
 この意固地さが母のユニークさなんだと思います”と

 住井すゑさんとは
 そんな人だったのです

 “・・校長先生が「このとんでもないやつが・・」とはじまった話のなかから
 母は幸徳秋水というひとは
 この世の人間は皆平等だと言っているのだと察知したのです
 母はーまあこのあたりが母らしいところですけどー
 先生が幸徳秋水は大悪人だと言っているときに
 「この人は私にとっては神様のような人だ」と受け取るわけです
  判断の基準というものを自分のなかにもっている・・”

 大事ですね
 「判断の基準を自分の中にもっている」

 今朝の新聞
 「池上彰の新聞ななめ読み」を読むと
 道徳の時間が“「特別の教科」という位置づけに格上げされ
 文部科学省検定教科書を使い
 成績評価も実施されることになりました”と

 果たしてそれで
 どんな効果が得られるものやら
 「判断の基準を自分の中にもっている」危うし!
 ですね

 池上さん
 つづきに
 “なにせ「教育勅語」にはいいことも書いてある
 などという政治家が存在する時代ですから”と
 皮肉たっぷり

 そんな皮肉を書ける間は
 良いのですが・・

 さてさて
 「夢」のつづき
 明日はどうなることやら

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# by hai-toku | 2017-03-31 12:07 | 徒然 | Comments(0)

九冊目の歌集『歩く』

 歌人の河野裕子さんの九冊目の歌集が『歩く』である
 この『歩く』で河野さんは宇治市の紫式部文学賞を受賞している

 もっともご本人は
 この歌集で第六回の若山牧水賞も受賞していることの方が
 印象深かったのかもしれない

 なぜなら
 若山牧水賞の第三回の受賞者が
 夫の永田和弘さんであったからだ

 前年の秋に
 河野さんは乳癌の手術を受け
 “そのあとしばらく
 歩く力が戻らなかった”という

 だから
 “歩くということが
 どんなに大切なことであるかをしみじみと感じていた”と
 記している

 迷わず
 歌集のタイトルは『歩く』にしたという
 “タイトルに励まされながらまとめた歌稿”だという

  ゆっくりと 治ってゆかう 陽に透けて 横に流るる 風花を吸う
 『歩く』に収められた一首
 「ゆっくりと」という<ことば>が
 河野さんの気持ちを表している

 手術後九年目の歌
  いつまでも 伴侶で居られる 筈もなし 手術後九年が そおっと過ぎた

 “人間には生涯にただ一度という出会いというものがあり・・”と
 女人高野室生寺に訪れた際に
 「出会い」についての心境を
 そう表現する
 
  みほとけよ 祈らせ給へ あまりにも 短きこの世を 過ぎゆくわれに
 “人がこの世に生きられる時間はあまりにも短い
 それを思わないではいられない
 六十余年を生きてきただけのわたしの実感である”
 そんな河野さんの一首である

 河野さんが遺したエッセイをまとめた
 『わたしはここよ』(白水社)という本を読んだ

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# by hai-toku | 2017-03-19 18:58 | 読書 | Comments(0)

山宣の墓

 県神社から平等院の正門に向かう道
 最初の信号の交差点を右折すると
 坂道になっている

 その坂道を上っていくと
 (善法)墓地がある

 その墓地の中に
 「花屋敷 山本家之墓」と書かれた
 墓碑がある

 「花屋敷」とは
 現在も宇治川左岸にある旅館
 「花やしき浮舟園」を指す

 その家に生まれた一人が
 山本宣治
 1928年の初の普通選挙で当選し
 労農党の代議士となり
 治安維持法の強化に反対して
 暗殺された

 宣治という名は
 宣教師の「宣」という字と
 明治の「治」(宇治の「治」ではなかったようだ)をとって
 両親が名付けられたそうだ

 台石の北側には碑文が刻まれている
 “同志山本宣治の
  最後の演説から
  山宣ひとり孤塁
  を守る
  だが私は淋しくない
  背後には大衆が
  支持しているから
  大山郁夫書”

 西側には
 “昭和四年三月建之多年子”と書かれている
 多年とは山宣の母の名である

 命日にあたる3月3日には
 毎年墓前祭が開かれている 

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# by hai-toku | 2017-02-22 12:06 | 京都 | Comments(0)

尹東柱詩集『空と風と星と詩』「序詩」

 죽는 날까지 하늘을 우러러
 한 점 부끄럼이 없기를,
 잎새에 이는 바람에도
 나는 괴로워했다。
 별을 노래하는 마음으로
 모든 죽어가는 것을 사랑해야지
 그리고 나한테 주어진 길을
 걸어가야겠다。

 오늘밤에도 별이 바람에 스치운다。

 尹東柱詩集『空と風と星と詩』の初め
 「序詞」をハングルで書いてみた

 ハングルを読めないので
 どう読むのか知らないが
 岩波文庫の金時鐘さんの編訳では

 “死ぬ日まで天を仰ぎ
  一点の恥じ入ることもないことを、
 葉あいにおきる風にさえ
 私は思い煩(わずら)った
 星を歌う心で
 すべての絶え入るものをいとおしまねば
 そして私に与えられた道を
 歩いていかねば。

 今夜も星が 風にかすれて泣いている。”と訳す

 この詩は1941年の11月20日の作ったと記されている

 岡部伊都子さんの『遺言のつもりで』(藤原書店)の中では
 伊吹郷さんの訳で

 “死ぬ日まで空を仰ぎ
  一点の恥辱(はじ)なきことを、
 葉あいにそよぐ風にも
 私は心を痛んだ
 星をうたう心で
 生きとし生けるものをいとおしまねば
 そしてわたしに与えられた道を
 歩みゆかねば。

 今宵も星が風に吹き晒される”と
 こう訳されている

 いずれの訳にも心を打たれるが
 原文の尹東柱(ユンドンジュ)さんの思いを伝えきっているのだろうか

 「風に思い煩い そよぐ風に心を痛める」
 「星を歌う心ですべてのものをいとおしむ」とは

 「私にあたえられた道」とは
 その道を「歩まねば」と思う心は・・

 “尹青年は京都でどんなに多くの詩を書かれていましたのか、
 時代とコリアへの純粋なお気持ちが、このアキの一行にこもっています”と
 岡部さんは本の中で書かれている
 
 思いこもる人々として「尹東柱詩人」の名を挙げ
 <純粋な美しさ、若く散らされた>という文字を添えている 

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# by hai-toku | 2017-02-21 11:40 | 読書 | Comments(0)

学生時代の同人誌のタイトルです             


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