社会の底が抜けた

 何とも凄まじく おどろおどろしい話
 朝日新聞オピニオン欄に掲載された
 「社会の底が抜けた」という話

 近畿大学人権問題研究所客員教授の
 西村秀樹さん
 毎日放送の元記者とも記されている

 西村さんが提起したのは
 大阪府警の機動隊員の「土人」発言
 松井大阪府知事や鶴保沖縄北方大臣が
 その発言を擁護するかのような発言を重ねる

 その上さらに政府が
 「土人」が差別発言にあたるかどうかについて
 「一義的に述べることは困難」であると
 答弁書を閣議決定したということ

 “一連の動きに驚くばかり”と話すが
 確かにそうだ
 一昔前なら考えられないことだ

 そんな流れ
 世の動き
 “差別の問題に敏感であるべき大阪の関係者から
 無神経な発言が・・”
 というのは頷ける
 

 “労働組合や人権団体の力の低下も影響を及ぼしている”
 “経済的な格差や貧困などの不満が
 権力の側でなく
 マイノリティーに向けられているのではないでしょうか”
 と指摘しているが

 それは歴史を遡ってみれば
 よく分かる
 西村さんも<例えば>と具体的に話すが
 一体全体歴史から何を学んだのか

 「社会の底が抜ける」という
 危機意識が西村さんにはある
 “手を打つ必要がある”と警鐘を鳴らす

 “新聞やテレビなどの既存メディアは
 もっと感覚を磨き
 差別を許さない姿勢を明確に打ち出すべきです”と
 既存メディアの現状を批判する

 メディアは「社会の木鐸」と言える存在なのか
 歯痒いばかりだ

 「社会の底が抜けた」のか
 それとも
 「社会の底が抜けようとしている」のか
 気になる<言葉>である

 雑誌『世界』の1月号(最新号)に 
 こんな<言葉>があった
 “評論家加藤周一は
 つじつまの合った「嘘」をつくには
 「それなりの知的努力が必要だが
 自らの嘘を信じてしまえば
 そのテマが省ける」と書いた”と

 “・・さらに危ういのは
 メディアがそのことに無頓着なことだ”と
  (「メディア批評」神保太郎)
 メディアの役割が問われている 

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by hai-toku | 2016-12-12 11:55 | 気になる言葉 | Comments(0)