福田赳夫元首相の死

 阪神・淡路大震災、オウムサリン事件と続く1995年
 福田赳夫元首相が7月5日に死去した
 90歳の大往生だった

 13年後の今日、
 日中平和友好条約を締結した元首相の息子が
 中国の胡主席を迎えた福田康夫首相である

 「角福戦争」といわれた、一方の主役である田中元首相も
 日中国交正常化を実現させた人物であり
 二人とも中国とは深い縁のある首相であった

 元首相の死により「三角大福」といわれた時代の自民党の
 トップがいずれも死去した

 全盛期であった自民党政治は、このとき
 村山政権を支える立場であり
 「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」が
 国会で採択された時代であった

 福田赳夫元首相は時代を鋭く切り取る言葉を残している
 池田勇人首相に退陣を迫った「昭和元禄」
 安定成長論の立場から「無気力、無責任、・・昭和元禄」と
 所得倍増計画の強気の経済政策を批判した

 首相就任時71歳
 歴代首相よりも高齢であることを批判されると
 「私は明治38歳。一向に年をとらない・・」と反論

 日航機ハイジャック事件で
 超法規的措置により服役中の赤軍メンバーを釈放した際は
 「人命は地球よりも重い」

 大平氏と総裁選で争い
 現職総裁で有利なはずが、敗れてしまった時には
 「天の声もたまに変な声がある」

 首相退陣後も“昭和の黄門”として、影響力を行使した
 あの世(どんなところか知らないが)で、
 “平成の黄門”を名乗っているであろう元首相は
 今の政治を、息子の首相を
 どう見ているのであろうか
 
 

 
 
 

 
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by hai-toku | 2008-05-11 10:14 | 邂逅 | Comments(0)